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米沢商工会議所

米沢商工会議所所在地

〒992-0045
   山形県米沢市中央4-1-30
    TEL:0238-21-5111    FAX:0238-21-5116

URL    http://www.ycci.or.jp
Eメール  yone-cci@ycci.or.jp

米沢市の紹介

米沢市は山形県の最南端に、最上川の源である吾妻連峰の裾野に広がる米沢盆地に位置し、福島県との県境にあります。
気候は、夏が高温多湿ですが、年間降水量は全国平均と比較してやや少なくなっています。
また、冬は寒さが厳しく、特別豪雪地帯に指定されており、年間累計積雪深は10mに達することがあるほか、市街地でも 平年の最高積雪深が約100cmに達するほどの降雪量があります。

明治22年、日本で市制が施行された最初の市の一つであり、人口は95,000人、内大学生が4,000人(国立山形大学工学部,県立米沢女子短期大学)と多く、文教の街学生の街の一面、我が国第一号のインダストリアルパーク「八幡原中核工業団地」を擁し、伝統産業の米沢織物と合わせ県内一の工業出荷額がある、産業都市でもあります。
また上杉氏の治政272年の城下町として、数々の史跡と伝統が息づく歴史の街でもあります。

米沢市に所縁のある著名人は数多くいますが、中でも、「上杉鷹山」公こと「上杉治憲」が有名です。
鷹山公は、第九代の米沢藩主で、財政が大逼迫していた米沢藩に宮崎県の秋月家から藩主として迎えられ、自ら大検約の改革を断行するとともに、数々の殖産振興政策を展開して藩財政を立て直した経営業績で知られています。
鷹山公の政治信条は当時の封建時代の中にあって民主主義思想に近いものがあり、こうしたことから現代においても注目されています。
また、「独眼竜政宗」として戦国の世に名を馳せた「伊達政宗」は、米沢城で生まれ24歳までの多感な青年期を過ごしました。
このほか、我が国の民法学者の第一人者である我妻栄氏や平安神宮などを設計した建築家の伊東忠太氏などが本市の出身です。

米沢の地名は、歴史上中世後期から見られます。
地名の由来はヨネ(米)のなるサワ(草の生える湿地)との説や白い水が沸く米井(よねい)があることからきた説などがあります。